翠の窓vol.28 : 絵を買う
私が初めて買った原画は、安野光雅の水彩画でした。
新宿の町を歩いていて、ふと目についた『安野光雅展』の看板に誘われて、小さな画廊に入ってみました。絵本や画集などではなじみになっていた安野さんのやさしい画風の水彩画が展示されていました。
外国を旅行して描いたらしい風景画が20枚ほどもあったでしょうか。ひとまわり見ていくと、幾つかの作品のキャプションに赤いピンがさしてあるのに気がつきました。売約済みということです。そうか、買えるのか・・・とよく見れば、決して安くはないけれど、その当時の私にも、その気になればなんとか捻出できそうな価格です。
当時、絵本だったのか、本の装丁だったのか、画集だったのか、初めて安野さんの絵に出会ってから、その水彩の画風が好きで何冊かの本も求めていました。が、原画を買うという意識は全くありませんでした。
この日、初めて原画を目の前にして、印刷物とは全く異なる魅力に引き寄せられていたのでしょう。一枚求めてみようかと、生涯初めての感覚に襲われ、その気になって見ていくと、これが好きと思う作品には既に赤ピンが付いていました。
安野さんの作品は人気があるのでしょう。あまり広くはない画廊の室内には5~6名のお客様がいて、今にも赤ピンが増えていきそうです。
私は、意を決して一枚の絵を選びました。『スペイン グラナダの小さな教会』と題が付いています。薄いブルーグレーの空を背景にどっしりした赤茶色の石造りの教会が建っています。教会の屋根は濃いグレー、教会に向かう人が一人と一匹の犬が小さく描かれています。とてもシックな色合いにひかれました。
社会人になってあまり年数も経っていない頃で、私の殺風景な部屋に唯一光があたるように、日々の暮らしに豊かな時間を運んでくれたように思います。
それから、これまで幾つかの原画や版画を求めてきましたが、今また、最新の一枚をコレクションに加えようと思っています。Suiに展示していた末宗美香子さんの『2010年カレンダーとその原画展』の中の一枚です。
彼女のカラフルな絵は、きっと春を待つ部屋を明るくしてくれることでしょう。どの壁に掛けようかなと思案中です。
(Y) 2010・2・4